レスリング選手は長生きするのか?——95,000人のデータが示すスポーツと寿命の関係

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今回紹介するのは、2025年にGeroScienceに掲載された論文です。

論文情報:Altulea, A., Rutten, M. G. S., Verdijk, L. B., & Demaria, M. (2025). Sport and longevity: an observational study of international athletes. GeroScience, 47(2), 1397–1409.

183カ国・44競技の元アスリート95,210名というかなり大規模なデータを用いて、競技種目ごとに寿命への影響を分析した研究です。

一点、先にお断りしておきたいことがあります。このデータは男性が95.5%を占めており、女性はサンプル数が少なく分析から除外された競技が多い状況です。レスリングも女性データは100名未満のため分析対象外となっています。そのため本記事で紹介する結果は基本的に男性アスリートのデータである点をご了承ください。女性レスラーの寿命については、今後の研究の蓄積が待たれます。

「運動すれば長生き」は本当か?

運動が健康に良いことは広く知られています。しかし「どんな運動でも同じか」というと、そう単純ではないかもしれません。

過度な高強度運動は心血管リスクを高める可能性があるという研究もあり、「運動と寿命の関係はU字型である」という指摘もあります。つまり、適度な運動は寿命を延ばすけれど、極端に激しい運動は逆効果になりえる——そういう可能性があるわけです。

では、競技種目によって寿命への影響は違うのでしょうか?

この論文はその問いに正面から取り組んだ研究です。

研究の概要

  • 対象:183カ国・44競技の元アスリート95,210名
  • データソース:WikidataおよびWikipedia(公開情報)
  • 方法:各アスリートの没年齢と、同性・同国・同時期の一般人口の平均寿命との差(age Δ)を算出
  • 除外基準:ドーピング使用者、事故死・他殺などの不自然死、サンプル数100未満の競技

男性90,931名・女性4,279名のデータが集まりましたが、女性は多くの競技でサンプルが100名未満となり、分析から除外されています。

結果①:レスリングは+0.5年——でも有意差なし

男性レスラーのデータは1,983名。平均的な寿命変化は+0.5年でした。

ただしこの結果は統計的に有意ではありません(p=0.07)。つまり「レスリングが寿命を延ばす」とも「縮める」とも、現時点では断言できないということです。

「有意差なし」は「影響がない」ではなく「わからない」に近い表現です。この点は後ほど掘り下げます。

他の格闘技系競技と比較するとこうなります。

  • ボクシング −0.6年
  • 武道(柔道・空手等) −2.5年
  • 相撲 −9.8年
  • レスリング +0.5年(有意差なし)

レスリングは他の格闘技系と比べると際立って良好な位置にあります。相撲の−9.8年が極端に見えますが、これは極度の体重増加や食事管理の問題が影響していると考えられます。

結果②:上位種目の共通点——「混合型スポーツ」が有利

では寿命延長と最も強く関連していたのはどの競技でしょうか。

  • 棒高跳び +8.4年
  • 体操 +8.2年
  • フェンシング +6.6年
  • アーチェリー等(ターゲット系) +6.2年
  • テニス・バドミントン +5.7年

これらの上位種目に共通しているのは有酸素運動と無酸素運動の両方を含む「混合型」であるという点です。論文はこの結果について、混合型スポーツが心肺機能・筋肉量・神経筋機能・骨密度などに幅広く好影響を与えることが寿命延長につながっているのではないかと考察しています。

棒高跳びが1位であることは直感に反するかもしれません。論文自体もこの点について詳細な説明をしていませんが、技術習得に長年かかる競技であること、身体への慢性的な接触ダメージが少ないこと、そして競技参加に一定の経済的・環境的に恵まれた背景が必要なことなどが関係している可能性があります。ただしサンプル数が240名と少ないため、結果の解釈には注意が必要です。

テニスが安定して上位にある理由として特に注目したいのは「引退後も継続しやすい生涯スポーツである」という点です。論文も別の研究を参照しながらこの点を示唆しています。

「レスリングは混合型なのになぜ有意差が出なかったのか?」

ここが最も考えさせられる部分です。

レスリングは有酸素・無酸素の両方を使う典型的な混合型スポーツです。上位種目の条件は満たしているはずなのに、なぜ有意な寿命延長が見られなかったのでしょうか。

いくつかの可能性が考えられます。

① 引退後に継続しにくい競技であること

テニスは60歳になっても楽しめます。しかしレスリングは競技として続けられる年齢に限界があり、引退後に「レスリング的な運動」を継続することが難しい。寿命への好影響が競技期間中にとどまってしまう可能性があります。

② 慢性的な減量や身体接触のダメージ

レスリングでは試合に向けた急速減量が広く行われています。減量が選手の身体に与える慢性的な影響——ホルモンバランスの乱れ、摂食行動への影響など——が長期的な健康に影響している可能性は否定できません。この点については別途研究が積み重なっており、今後さらに明らかになっていくかもしれません。

③ サンプルの性質と地域偏り

このデータにはもう一つ重要な限界があります。データソースがWikipediaとWikidataである以上、掲載されているのは「記録に残るほど有名な選手」に限られます。無名の選手や地方レベルの競技者は含まれていません。

これは何を意味するのでしょうか。有名選手ほど恵まれた環境——質の高いコーチング、栄養管理、医療サポート——を受けている可能性が高い。つまりこのデータは「トップレベルの環境に恵まれたアスリートの寿命」を反映しているのかもしれません。一般的なクラブレスラーや学生レスラーにそのままあてはめるには注意が必要です。

また地域の偏りも無視できません。データの63.4%が欧米9カ国から来ており、アジア・アフリカ・中南米の選手は少ない状況です。レスリング強豪国である日本・イラン・ロシアなどのデータが均等に含まれているわけではなく、この偏りが結果に影響している可能性もあります。

まとめ——競技中だけでなく、引退後をどう生きるか

この研究から見えてくることを整理するとこうなります。

  • レスリング選手の寿命変化は+0.5年だが統計的に有意ではない
  • 他の格闘技系(武道・相撲・ボクシング)と比べると良好な位置にある
  • 寿命延長と最も関連するのは混合型スポーツ
  • レスリングが有意差を出せなかった背景には、引退後の運動継続の難しさ、慢性的な減量の影響、データの性質・地域偏りが関わっている可能性がある

「レスリングをやっていたから長生きできる」とは言い切れません。しかし「レスリングをやっていたから寿命が縮む」とも言えない。

むしろこの研究が示唆しているのは、競技期間中の運動だけでなく、引退後にどのような身体活動を継続するかが寿命に大きく影響するということかもしれません。

レスリングで培った身体的な基盤をどう活かすか。それは引退後の自分自身の選択にかかっているのかもしれません。


📌 参考文献
Altulea, A., et al. GeroScience 47 (2025) 1397–1409.

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