【2026明治杯 全日本選抜】MSW指標で読み解く全30階級

大会分析

🌍 Available in EnglishDecoding Japan’s 2026 Meiji Cup: All 30 Weight Classes Ranked by the MSW Metric

はじめに ― 2026年明治杯、全結果が出揃いました

2026年5月21日から24日にかけて、東京・駒沢オリンピック公園総合運動場で開催された 明治杯全日本選抜レスリング選手権大会 が開催されました。本大会は、今年9月の 世界選手権、そして8月の アジア大会 の代表選考を兼ねる、シーズン前半の最重要大会です。

男子フリースタイル(FS)10階級、男子グレコローマン(GR)10階級、女子(WW)10階級、合計30階級で熱戦が繰り広げられました。

この記事では、研究者の視点から「勝ったかどうか」ではなく、どれだけ圧倒して勝ったか を数値化する指標 MSW(Most Successful Wrestler) を使って、今大会の優勝者たちを読み解きます。

「勝ち方の質」を、データを見ながら解説していきます。


MSW指標とは? ― 「強さの質」を測るものさし

定義

MSW(Most Successful Wrestler) は、レスリングの試合内容を要約するための指標です。

MSW = WQ + CP_diff

ふたつの要素を足し合わせるシンプルな構造ですが、それぞれが別の角度から「勝ち方の質」を切り取ります。

WQ(Win Quality)― 時間効率

WQ =(TP獲得 − TP失点)÷ 総試合時間(分)

1分間あたり、得点でどれだけ相手を上回ったか を表します。
たとえばWQ = 3.0 なら「1分につき3点ずつ相手より多く点を取り続けた」というイメージです。短時間で圧倒した選手ほど、この値が跳ね上がります。

CP_diff(Classification Point差)― 勝ち方の格付け

CP_diff =(CP獲得 − CP失点)÷ 試合数

レスリングでは、勝ち方に応じて勝者に CP(Classification Point) が付与されます。

勝ち方 略称 CP
フォール勝ち(VFA) Victory by Fall 5
テクニカルスペリオリティ(VSU、相手0点) Victory by Technical Superiority 4
テクニカルスペリオリティ(VSU1、相手得点あり) Victory by Technical Superiority 4
判定勝ち(VPO、相手得点あり) Victory by Points 3

CP_diff は 1試合あたりに得た勝ち点の差。フォール・テクニカルスペリオリティで勝ち上がった選手ほど、この値が大きくなります。

MSWの読み方

MSWの数字が大きいほど、「短時間で、圧倒的なスコアで、しかも質の高い勝ち方」で優勝した選手 ということになります。

WQだけ高くても「接戦」が多ければCP_diffは伸びません。逆にフォール多めでも失点が多ければWQは下がります。両方を引き上げないと、MSWは大きくならない設計 です。


男子フリースタイル ― 吉田アラシ選手の「無失点」、山本泰輝選手の「超短時間」

FS MSWトップ5

順位 階級 選手 所属 試合 総試合時間 TP獲得-失点 CP獲得-失点 MSW
1 97kg 吉田 アラシ 三恵海運 3 11:10 31-0 12-0 6.78
2 125kg 山本 泰輝 自衛隊 3 7:18 22-1 11-1 6.21
3 79kg ガレダギ 敬一 早稲田大学 3 13:16 25-0 11-0 5.55
4 86kg 石黒 隼士 自衛隊 3 11:12 27-2 11-2 5.23
5 74kg 青柳 善の輔 クリナップ 3 16:56 25-8 13-1 5.00

1位:吉田アラシ選手(97kg)― 全試合無失点という完成度

3試合トータルで 31得点 / 0失点。さらに CP差は12-0。WQは1分あたり2.78点、CP_diffは1試合あたり4.0点と、両指標とも極めて高水準でバランスしています。

失点ゼロは「強い」だけでは絶対に達成できません。試合運びの選択肢を限定する戦術設計力、そしてリスクのある仕掛けを我慢する精神的成熟度が揃って初めて生まれる数字です。

97kg級はここ数年、世界レベルでの日本人選手の存在感が課題でしたが、すでに世界でも頭角を現している吉田選手の強みは組手のうまさ。組手で相手をコントロールし、相手の得意なポジションをつくらせないことが、今回の結果につながった一つの要因でしょう。

2位:山本泰輝選手(125kg)― 重量級でこの時間効率

注目すべきは 3試合トータルわずか7分18秒 という決着の速さ。WQは 2.88 と、重量級では極めて異例の高水準です。

重量級は一般に試合が長引きがちですが、山本選手は3試合のうち2試合をテクニカルスペリオリティ、1試合を判定勝ちで決着させています。1試合平均2分半で決まった計算で、これは体力消耗を最小限に抑える「トーナメント勝ち上がり最適解」とも言えます。重量級らしからぬタックルのスピードが圧倒的な武器です。

3位:ガレダギ敬一選手(79kg)― アジア王者の無失点優勝

アジア王者として今大会に臨んだ早稲田大学のガレダギ選手も 失点ゼロ。試合時間が13分台と吉田選手より長めなのは、それだけ厳しい組み合わせを乗り越えた証拠でもあります。安定した戦いぶりでした。


男子グレコローマン ― 文田健一郎選手の安定感、吉田泰造選手の前に出る力

GR MSWトップ5

順位 階級 選手 所属 試合 総試合時間 TP獲得-失点 CP獲得-失点 MSW
1 63kg 文田 健一郎 ミキハウス 3 10:10 26-1 11-1 5.79
2 87kg 吉田 泰造 日本体育大学 3 8:32 21-4 11-1 5.33
3 97kg 仲里 優力 松尾建設 3 13:14 24-3 11-1 4.92
4 67kg 曽我部 京太郎 ALSOK 3 13:39 22-1 11-1 4.87
5 82kg 藤井 達哉 栗東市役所 3 12:21 24-4 11-2 4.62

1位:文田健一郎選手(63kg)― ベテランの「揺るぎなさ」

東京・パリ五輪を経験した文田選手が、再び全日本選抜の頂点に。3試合で26得点・1失点、CP差は11-1。WQ・CP_diffともグレコローマン全階級で最高値です。

「ダイナミックな投げ技」だけでなく、相手に点数を取らせない。文田選手のスタイルはMSW的に最も効率の良い勝ち方の典型です。

2位:吉田泰造選手(87kg)― 学生離れの試合時間

日本体育大学・吉田選手は 3試合8分32秒 と、グレコでこの時間の短さは異例。WQは2.0と非常に高く、圧倒的な攻撃力が特徴です。決勝戦は接戦となりましたが、終盤に持ち前の前に出る力を生かして逆転。接戦をものにする強い精神力も感じました。

3位:仲里優力選手(97kg)― 安定感で勝負を決める

仲里選手は試合時間こそ13分台ながら、TP差21・CP差10と、着々と得点を積み重ねるスタイル。決勝戦では天皇杯で敗れた鶴田選手を破り、そのままの勢いでプレーオフも制して代表権を掴みました。


女子 ― 2人のオリンピアンの圧倒的パフォーマンス

WW MSWトップ5

順位 階級 選手 所属 試合 総試合時間 TP獲得-失点 CP獲得-失点 MSW
1 57kg 藤波 朱理 レスター 3 11:01 29-0 11-0 6.30
2 50kg 須﨑 優衣 キッツ 3 10:16 22-3 14-1 6.18
3 72kg 竹元 紫凛 育英大学 3 12:33 32-6 11-1 5.41
4 53kg 清岡 もえ ALSOK 3 11:55 25-1 11-1 5.35
5 68kg 石井 亜海 クリナップ 5 22:37 40-5 18-2 4.75

1位:藤波朱理選手(57kg)― 「連勝記録」を更新し続ける

3試合 29得点 / 0失点。CP差は11-0。WQは2.63、CP_diffは3.67で、女子全階級トップのMSW 6.30。

藤波選手の凄みは、「安定感」にあります。3試合の合計時間が11分1秒で失点ゼロという数字は、緊張感のある決勝でさえペースを崩さないことを意味します。

パリ五輪後も連勝記録を伸ばしている藤波選手。大きなプレッシャーもあると思いますが、今後この記録がどこまで伸びるのかも注目です。

2位:須﨑優衣選手(50kg)― CPで圧倒した王者

注目は CP獲得14-失点1。3試合とも高い格付けの勝ち方(フォール/テクニカルスペリオリティ)で勝利した証拠です。WQはトップではないものの、CP_diffが 4.33 とずば抜けています。

「点差以上に、勝ち方が強い」。MSWを設計するときに最も拾いたかった現象が、まさにここに表れています。決勝戦では内無双でのフォール勝ち。タックルやガブリ返しが注目される須﨑選手ですが、多彩な技を持ち合わせていることを証明しました。

3位:竹元紫凛選手(72kg)― 重量級でこの得点力

3試合で 32得点、TP差26は女子トップクラス。育英大学の竹元選手は、若手世代の女子重量級を象徴する存在になりつつあります。準決勝では天皇杯王者の吉武選手を破る殊勲。プレーオフでは吉武選手に惜しくも敗れたものの今後の飛躍に期待がかかります。


全階級MSWランキング表

男子フリースタイル(FS)

順位 階級 選手 所属 MSW
1 97kg 吉田 アラシ 三恵海運 6.78
2 125kg 山本 泰輝 自衛隊 6.21
3 79kg ガレダギ 敬一 早稲田大学 5.55
4 86kg 石黒 隼士 自衛隊 5.23
5 74kg 青柳 善の輔 クリナップ 5.00
6 61kg 樋口 黎 ミキハウス 4.55
7 92kg 金澤 空大 早稲田大学 3.94
8 65kg 清岡 幸大郎 カクシングループ 3.91
9 57kg 永井 陸斗 日本大学 3.28
10 70kg 冨山 悠真 自衛隊 2.58

男子グレコローマン(GR)

順位 階級 選手 所属 MSW
1 63kg 文田 健一郎 ミキハウス 5.79
2 87kg 吉田 泰造 日本体育大学 5.33
3 97kg 仲里 優力 松尾建設 4.92
4 67kg 曽我部 京太郎 ALSOK 4.87
5 82kg 藤井 達哉 栗東市役所 4.62
6 72kg 曽我部 凜大郎 aiwabenefit 3.74
7 77kg 日下 尚 マルハン北日本 3.54
8 130kg 奥村 総太 自衛隊 2.50
9 60kg 鈴木 絢大 レスター 2.33
10 55kg 岡本 景虎 専修クラブ 2.25

女子(WW)

順位 階級 選手 所属 MSW
1 57kg 藤波 朱理 レスター 6.30
2 50kg 須﨑 優衣 キッツ 6.18
3 72kg 竹元 紫凛 育英大学 5.41
4 53kg 清岡 もえ ALSOK 5.35
5 68kg 石井 亜海 クリナップ 4.75
6 65kg 池畑 菜々 育英大学 3.89
7 76kg 鏡 優翔 サントリー 3.70
8 62kg 尾﨑 野乃香 慶應義塾大学 3.41
9 55kg 原田 渚 育英大学 3.22
10 59kg 山口 夏月 自衛隊 2.17

おわりに ― 数字の向こうにある「現場」

ここまでお読みいただきありがとうございました。

MSWのような指標は、あくまで 試合内容を読み解くためのツールのひとつ であって、選手の強さそのものを決めるものではありません。トーナメントの組み合わせ、当日のコンディション、相手の戦術。数字の裏側には、表に出ない無数の要素があります。

それでも、数字から問いを立てる ことには大きな意味があると私は考えています。「なぜ吉田アラシ選手は失点しないのか?」「なぜ藤波朱理選手は緊張する場面でもペースを崩さないのか?」――こうした問いを起点に、現場と研究のあいだを行き来する。それが、このサイトでずっとやってきたことです。


書籍のご案内(2026年9月発売予定)

今回のMSWのように、レスリングを科学とデータで読み解く 試みを一冊にまとめた書籍を、2026年9月に刊行予定です。

『レスリングを探求する ― 科学と現場が導き出す「答えのない競技」の解剖図鑑 ―』
著者:伊藤 奨(ITO SHO)

保護者・指導者向けの実践知、そして本記事のような指標の解説を、図表とともに体系的にまとめます。詳細は本サイトで随時お知らせしていきますので、お楽しみに。


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