Wrestling Platformの有元伸吾さんと清岡幸太郎選手がコラボした教則動画を購入し、その内容に非常に強い印象を受けました。
これまでにも多くの技術解説はありましたが、今回の教則は少し違います。
それは、「”タックル”だけではなく、そこに至るまでの“導線”」──つまり、組手や崩しのプロセスに焦点を当てている点です。
その中で特に印象に残ったのが、清岡選手の言葉でした。
「レスリングは、相手の反発・反応を利用するスポーツです。」
この一言は、単なる感覚的な表現ではなく、競技の構造や神経生理学的な仕組みをも含んだ本質的な洞察だと感じました。
本記事では、研究者として、そして現場に関わる一人として、この言葉の背景を少し掘り下げてみたいと思います。
1. 組手と崩しの重要性
私はこれまで、レスリングにおけるタックルの成功要因について研究を行ってきました。
その中で明確に見えてきたのは、崩しや組手の有無がタックル成功率と強く関連しているという事実です。
つまり、タックルの成功は技術的なスピードや筋力だけでは決まりません。
相手のバランスを崩し、反応を引き出し、その反応をどう利用するか──そこに成否がかかっています。
レスリングは、一見すると力と力のぶつかり合いに見えます。
しかし、実際には「相手の力の方向を感じ取り、それをどう扱うか」という、相手の力を利用するスポーツなのです。
2. 組手が教えにくい理由
それでも、組手や崩しは長年“教えにくい技術”とされてきました。
理由は単純で、選手ごとに体格・腕の長さ・得意技・構えが異なるため、最適な形が一人ひとり違うからです。
ある選手にとって理想的な組手の流れや圧をかける方向が、別の選手には全く合わないこともあります。
そのため、これまでの教則では基本的な「正しいタックルの形」や「組手の際の手の位置」に焦点が当たることが多く、組手や崩しの核心は“感覚的な領域”として曖昧に扱われてきました。
3. 有元さん × 清岡選手の教則が画期的な理由
今回の有元さんと清岡選手の教則は、この「感覚的な部分」を言語化している点で非常に画期的でした。
単に「正しいタックルの形」を示すのではなく、
どのように相手を動かし、どのタイミングで圧をかけ、どの反応を引き出すか──。
タックルに至るまでの導線を構造として提示しているのです。
清岡選手の組手は、一見シンプルですが、その中に“相手の力を利用する”という一貫した原理があります。
力づくで相手を押しこむのではなく、相手の反発を誘発する。
その「反発の方向」を読み取りながら、自らの動きに変換していく。
まるで物理的なエネルギーの受け渡しのような、極めて繊細なやり取りがそこにはあります。
4. 科学的視点──「反発・反応を利用する」という合理性
この「反発・反応を利用する」という考え方は、神経生理学的にも合理的です。
筋生理学の観点から見ると、私たちの身体は外部からの力に対して伸張反射(stretch reflex)を起こします。伸張反射は、筋が急に引き伸ばされた際に、反射的に収縮して姿勢を保とうとする仕組みです。
しかし、レスリングのように高いレベルで力のやり取りを行う競技では、
この反射を、意図的に抑制・強化している可能性があります。
実際に、私が以前行った上肢筋群の研究では、レスリング選手は特定の条件下で三頭筋の伸張反射を“抑える”ような活動を示す傾向がありました。
これはつまり、「相手の力を反射的に受け止める」のではなく、
相手の出力方向を感じ取り、それを自分の崩しに生かそうとしているということです。
清岡選手の組手が持つ“柔らかさ”や“流れ”は、まさにこの神経制御の精度を体現していると考えられます。
5. 反応を利用するという技術の学び方
この教則をより深く楽しむためのポイントは、「技の形」ではなく「考え方」に注目することです。
清岡選手の動きには、相手をどう崩すかだけではなく、相手がどう動くかを予測する視点があります。
そのため、最初から全てを再現しようとするのではなく、相手は自分が思うように反応しているかを観察することが重要です。
レスリングはオープンスキルの競技であり、同じ状況が二度と訪れることはありません。
だからこそ、選手は得意技までの自分なりの導線を構築していく必要があります。
教則をそのまま模倣するのではなく、まずは清岡選手の原理(圧の方向・重心の移動・反応の利用)を理解し、
そこから自分の体格や得意技に合わせて微調整していく。
日本の武道における「守破離」の考え方とも共通しています。
まずは守(模倣)で原理を学び、破(応用)で自分のスタイルに合わせ、
離(創造)で自分の感覚を信じて動く。
この教則をもとに「守破離」を実行することで、あなたのレスリングはより洗練されたものになると思います。
6. まとめ──組手は反射の知性
清岡選手の言葉、「レスリングは相手の反発・反応を利用するスポーツ」。
この一言には、レスリングという競技の知的構造が凝縮されています。
力のぶつかり合いではなく、相手の出力をどう読み取り、どう活かすか。
そこには、神経系・感覚系の精緻な調整が非常に重要な役割を果たしています。
現場での実践と科学の両面から見ても、組手は“力だけの技術”ではなく“感覚の技術”であり、同時に「知覚と運動の統合」が最も高度に求められる局面です。
有元さんと清岡選手の教則は、その本質を学ぶのに最適な教材だと思います。
この動画を通じて、単なる技の再現ではなく、「力づくで相手を崩すのではなく、反応を利用する」というレスリングの根源的な知性を感じ、是非、自分なりの形をつくってほしいなと思います。
📘 参考
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Wrestling Platform『2本セット【清岡幸大郎】差しから広がるアタックの展開&組み手からの片足タックル攻略』(2025)https://wrestlingplatform.stores.jp/items/68bbac68248f8c4aab166352
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Ito, S. et al., (2019). Differences between male and female elite free-style wrestlers in the effects of “set up” on leg attack. Archives of Budo, 15.
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Ito, S. et al., (2021). Dynamic control of upper limb stretch reflex in wrestlers. Medicine and Science in Sports and Exercise 54 (2), 313
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