今回紹介するのは、2025年3月に発表された最新論文です。
論文情報:Beinabaji, H., Eslami, M., Hosseininejad, S. E., Afrakoti, I. E. P., & Movaghar, A. F. (2025). Double-leg attack vs. arm-drag: Examining muscle synergy consistency between elite and sub-elite freestyle wrestlers. Journal of Biomechanics, 183, 112637.
フリースタイルレスリングの両足タックル(ダブルレッグアタック)と腕とり(アームドラッグ)という2つの技を対象に、エリート選手と非エリート選手の筋肉の使い方を比較した研究です。
本題に入る前に一点。この研究は実験室での測定であり、イラン人ジュニア選手のみを対象とした研究です。すべての選手に当てはまるわけではありませんが、「うまい選手とそうでない選手の技は何が違うのか」を考えるうえで示唆に富む内容です。
「筋シナジー」って何?
この研究のキーワードは筋シナジーです。少し難しい言葉ですが、シンプルに言うとこういうことです。
タックルに入るとき、脳は「上腕二頭筋を〇%、広背筋を〇%…」と一つ一つの筋に個別に指令を出しているのではなく、複数の筋肉をセットにしてまとめて動かしています。このように、いくつかの筋肉をパッケージとしてとらえてコントロールする考え方のことを「筋シナジー」と呼びます。
この研究では、技の動作を3つの局面に分けて分析しています。
シナジー① 動作の開始局面(姿勢を維持しながら重力に抗う)
シナジー② 動作の中間局面(爆発的に力を発揮する)
シナジー③ 動作の終末局面(相手を制圧する)
さらに各シナジーを2つの観点で分析しています。
時間的シナジー:いつ筋肉を使うか(タイミング・リズム)
空間的シナジー:どの筋肉をどれだけ使うか(筋肉の組み合わせ・比率)
研究の概要
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対象:イラン男子ジュニアフリースタイルレスラー34名(エリート17名・非エリート17名)
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測定方法:上肢5筋の表面筋電図(EMG)
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技:ダブルレッグアタックとアームドラッグの2種類
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各試技を7回ずつ実施
エリート群は平均8年の競技経験・週15時間練習、非エリート群は平均5年・週10時間練習という構成です。
結果①:上手い選手ほど「タイミング」が安定している
まず明確に言えることは、時間的シナジー(タイミング)はエリートの方が一貫して高いということです。
両足タックルでもアームドラッグでも、エリート選手は毎回ほぼ同じタイミングで筋肉を使っています。一方、非エリートはタイミングが毎回ばらついています。
この点については、おおよそ予想通りといったところでしょうか。
結果②:アームドラッグでは非エリートの方が「筋肉の組み合わせ」が一貫している
空間的シナジー(どの筋肉をどれだけ使うか)を見ると、アームドラッグでは非エリート選手のほうが一貫性が高いという逆転現象が起きています。
んん??直感に反しますよね。なぜこうなるのでしょうか。
論文ではこれを「固定化された筋の同時収縮」と表現しています。
非エリート → 毎回同じ筋肉を同じ割合で使う → 一貫性が「高く見える」 エリート → 状況に応じて筋肉の組み合わせを柔軟に変える → 一貫性が「低く見える」
ここでダブルレッグとアームドラッグの性質の違いが重要になります。
両足タックルはある程度型が決まっている技です。相手が動かない実験環境においては、入り方・体重移動・グリップがほぼ固定されているので、エリートも非エリートも比較的似たパターンで動けます。動きの自由度が低いとも言えます。
一方、アームドラッグは相手の反応に影響を受ける技です。相手と自分の位置関係、相手の腕の位置・抵抗の強さ・タイミングによって毎回状況が変わります。つまり、両足タックルより自由度が高いことが予想されます。したがって、エリート選手は相手の状況を読んで筋肉の使い方を微調整している可能性が考えられます。結果として「一貫性」という指標では低く出るけれど、それは適応力の高さの裏返しでもあるかもしれません。
非エリートの「一貫性の高さ」は、もしかすると、適応力のなさの裏返し?——というわけです。
清岡選手の言葉と重なる
以前の記事で、清岡幸太郎選手の言葉を紹介しました。
「レスリングは、相手の反発・反応を利用するスポーツです。」
👉 関連記事:「清岡選手が語る”反発を使う技術”」
今回の研究は、その「利用」が神経系レベルでどのように実現されているかを示す一つの手がかりかもしれません。
エリート選手がアームドラッグで筋肉の組み合わせを毎回変えているのは、相手の反応を感じ取りながらリアルタイムで動き方を調整しているとも捉えることができます。清岡選手が言う「反発を利用する」という感覚は、この筋シナジーの柔軟な切り替えとして現れているのかもしれません。
また、以前の記事では私自身の研究として「レスリング選手は特定の条件下で三頭筋の伸張反射を抑えるような活動を示す傾向がある」という知見も紹介しました。相手の力を反射的に受け止めるのではなく、相手の出力方向を感じ取り、それを自分の崩しに生かす——この神経制御の精度が、筋シナジーの柔軟な切り替えを支えているのかもしれません。
現場の「感覚」と科学の「データ」が、少しずつ同じ方向を指し始めています。なかなかおもしろいですね。。。と思うのは私だけでしょうか。(笑)
ちょっと待って。教示(タスク指示)の影響は?
ここで一つ、論文を読む上で大事な視点を共有したいと思います。
この実験では、両技とも試技を途中で止める形の制限された動作を測定しています。
ダブルレッグ:「マットに倒すところまではやらない」
アームドラッグ:「その後の攻撃には移らない」
つまり実際の試合場面ではなく、約束練習のような状況での測定です。
エリート選手は普段から試合の流れの中でアームドラッグを使っているため、「途中で止める」という不自然な教示に対して筋活動がばらついた可能性があります。一方、非エリートは教示に忠実な動作をしたために一貫性が高く見えたかもしれません。
論文自体は教示の影響については触れていません。結果をそのまま受け取るのではなく、測定条件を踏まえて解釈することが大切だと思います。
コーチ・選手への示唆
タイミングの一貫性は技術習得の重要な指標になりえます。「いつ力を入れるか」というリズムは、練習量と経験に裏打ちされた神経系の適応の表れです。
一方、筋肉の組み合わせの多様性は必ずしも「ばらついている」ということではありません。状況に応じて柔軟に動き方を変えられることが、実は高い技術力のサインである可能性があります。
ここで以前の記事でも紹介した**「守破離」**の考え方が使えるかもしれません。
守 まず「タイミング」を安定させる。毎回同じリズムで技に入れるようになることが第一歩。エリートが全技・全局面で示していた「時間的シナジーの一貫性」に対応します。
破 型が安定してきたら、相手の反応に応じて筋肉の使い方を変える柔軟性を育てる。アームドラッグでエリートが示していた「空間的シナジーの多様性」がこの段階に対応します。
離 タイミングは安定しながら、筋肉の使い方は状況に応じて自在に変わる。清岡選手が体現している「反発・反応を利用する」動きは、まさにこの段階ではないかと思います。
「毎回同じフォームで」という指導は守の段階では有効です。しかし相手の反応に依存する技においては、守で土台を固めたうえで、いかに早く破・離の段階へ移行できるかが重要になってくるのかもしれません。
どのような練習アプローチが有効か、より詳細な考え方については書籍の中でまとめる予定です。
まとめ
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エリートと非エリートで共通して3つの筋シナジーが抽出された
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タイミングの一貫性はエリートが全体的に高い
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筋肉の組み合わせの一貫性は両足タックルではエリートが高く、アームドラッグでは逆転
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この逆転現象は「非エリートの適応力のなさ」の裏返しである可能性がある
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ただし測定が実験室内の制限された動作であることを踏まえた解釈が必要
「上手い選手ほど毎回違う」——これは一見矛盾しているように見えますが、タイミングは安定しながら筋肉の使い方は状況に応じて変えているという、非常に洗練された神経系の制御かもしれません。
清岡選手の言う「反発・反応を利用する」という感覚は、こうした神経系レベルの柔軟な制御として現れているのではないか。現場の言葉と科学のデータが交差するところに、レスリングの本質が見えてくる気がします。
📌 参考文献 Beinabaji, H., et al. Journal of Biomechanics 183 (2025) 112637.
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